Wednesday, August 24, 2005

伝わってこない先生たちの声  委員会を傍聴して③

   伝わってこない先生たちの声
        不可解なことだらけの教科書採択

            浅野智子

 子どもたちの充実した学びを保障する」という目的から考える時、とても不可解なことだらけでした。 

 一つは、教科書は読本として配られるのではなく、授業の中で使われるものなのに、授業者である先生たちの声が全く伝わってこなかったことです。
 教科書を教材とした授業の中身や質が最もストレートに子どもたちの学力に結びつくのだと思うのですが、<学力テスト>の結果を大変気にしている割には、教科書だけを切りはなして考え、先生たちの声はまるで封じこめられてしまったかのようです。

 ・見本を5セットしか用意しない
 ・各学校3日間しか先生たちは見られない
 ・各教科の先生すべての欄が埋まらないと意見が提出できないシステム

 「学力をつけたい」「よい教科書を選びたい」と言いながら、先生たちの声をあえて吸いあげにくい条件に設定している大きな矛盾が浮きぼりになっていました。

 もう一つは、「選ぶ」ために最低限必要(常識的に)とされる意見の交換が見られなかったことです。「私はこういう点で〇〇社を選ぶ」--これすらも伝わってきませんでしたが、各委員の中には一定あるのだと思います。
 委員会として選ぶということは、その<こういう点>という見方が客観的なものかどうかを全員で検証することであるし、Aさんの<こういう点>とBさんの<こういう点>のどちらを重要視してゆくのか全員で比較検討することだと思うのですが、一切一人一人の胸の内に秘められたまま、粛々と多数決の作業が進むばかりでした。
 これは「会議」なのでしょうか。

 教科書はその教科の専門家である先生たちにそれぞれ選んでもらいたい。少なくともその意見がしっかり集約されたものを各教科の調査研究委員長が資料とし、それが会議のベースになるようにしてほしい。
 「ばかにするな」という先生たちの声がきこえてくるようです。大切にすくいあげ、市民の願いと重ねられることが、次の採択に向けた一歩だと思います。

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